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銀座からキャバレーが姿を消す日 [ニュース]

銀座からキャバレーが姿を消す日





86年の歴史がある銀座の老舗が閉店する。


昭和6年(1931年)に創業したグランドキャバレー『白いばら』で、
来年1月10日に閉店することになった。

この店は貴重な正統派キャバレーの一つで、
二・二六事件の青年将校も遊びにきていたという。





この店を開いた初代社長は広島から来た大住米太郎で、
1913年、深川に『広島屋』という名前の食堂を開いた。

ここはご飯が美味しいことで評判だった。


そして翌1914年、自宅のある築地の明石町に近い銀座に、『麗苑』という名のカフェーを出した。

その後、一卓三円をモットーとして経営形態は変えずに、
『ミス親類』『処女林』『第一銀座』と、店名を三度変えた。





1935年、銀座五丁目の表通りにあったカフェー『タイガァ』が閉店することとなって、多くの女給さんが路頭に迷いそうになったので、
その女性たちを全員雇い入れて、『ニュータイガー』という名前のクラブを開いた。

ここには、作家や俳優、軍人なども来店したが、
中でも、寅年の将校たちが名前の「虎」を喜んで、足繁く通ってきた。

1936年の2月25日、つまり、二・二六事件の前日にも来店し、
指定席となっていたステージの見える席に座って、軍刀で植木を切り落としたのち、ホステスたちに「あすの号外を楽しみにしておけ」と言い残したということだ。




戦時色が強まると、
敵性語だった店名を純日本風の「南宝」と変えて営業していたが、
クラブという営業さえも許しがたしということで、1944年にはタイプライターの修理工場に変わった。

1945年3月の東京大空襲で店が消失。


1951年になってやっと、キャバレーとしての営業が認められ、
店を『白いばら』と名付けて再出発した。

激動の時代を、
二代目・大住政弘氏のあと、三代目・一誠氏が店を継ぎ、
今日まで店を守ってきた。







この店の特徴は、店自体にファンがつくようにすること。

そのためには、店を変えない。

入り口には大きな日本地図が張り出してあって、
在籍しているホステスさんの名前(源氏名)が出身都道府県ごとに掲載されている。

さらに、
日本地図の下には「あなたの郷里の娘(こ)を呼んでやって下さい」と大書してあるので、
まだ馴染みの浅いお客さんも楽しめるし、
ホステスさんにもお客が付きやすく、喜ばれているそうだ。





また、
約100名のフロアレディと生バンドによる音楽ライブや、プロのダンスショーも毎日催されていて、
お酒が飲めない女性も楽しく過ごせる。

日本の玄関口・東京駅に近いことも、
お客さんが全国から集まってくる要因のひとつだ。


誰でも楽しめて、明朗会計で安心ということで親しまれてきた老舗キャバレーが銀座から消える前に、
一度、訪れてみたいものだ。


東京都中央区銀座三丁目5-18



50年間勤務した元「白いばら」店長・山崎征一郎さんの書いた本。

日本一サービスにうるさい街で、古すぎるキャバレーがなぜ愛され続けるのか












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